スペイン人と闘牛

Hello everyone! 5月もそろそろ終盤、初夏のような汗ばむお天気も増えてきましたね、皆さんいかがお過ごしですか?私なんて、金環日食の今日!今年初の!スイカを食べちゃいました、しかもランチ笑 なので今回のレポートは太陽繋がり?で、太陽が似合う国スペインから。

以前もご登場いただきました、私が公私ともに大変お世話になっております、マドリッド在住のシステムエンジニア、中村美和さんより頂きました〜
スペインのお祭りに関してはラジオでもココでも色々ご紹介しているところですが、今回はマドリッドならでは、サンイシドロ祭りについて。スペインの闘牛にまつわるお話も大変興味深い・・・スペイン国内は歴史的な背景から、フットボール&フード事情も地域によって大変異なるのですが、スペイン人の闘牛観はいかに?スペインの人々皆さんが闘牛を楽しまれている訳ではない、(バルセロナなど)カタルーニャでは闘牛が禁止されたこと、等々知っているのですが、マドリッドの人々はどうなの?とっても興味津々です〜
《サンイシドロ祭り》
 
毎年5月15日は、マドリード守護聖人であるサ ン・イシドロの日で、マドリード市にとって重要なお祭りのひとつサン・イシドロ祭りがおこなわれ ます。
 
その日にマドリードの街を歩けば、男性は千鳥格子 のハッチング帽にお揃いのベスト、女性は裾の広がったドレスを着て、頭にカーネーションを飾りスカーフを巻く、 マドリッド伝統的な衣装に身を包んだマドリッドっ子たちに出会うことができます。
この伝統スタイルは、男性はCHULAPO(チュ ラポ)、女性はCHULAPA(チュラパ)と呼ばれ、スペイン語でマドリード下町の粋なスタイル、という意味です。
 
伝統的な風習では、この日は聖地へ巡礼をして、そ のあと川原でピクニックをしたり、ロスキジャと呼ばれるドーナツのような形のお菓子を食べたり、チョティ スと呼ばれるダンスが踊ったりします。
この様子は、スペイン絵画の巨匠ゴヤも絵に描いて います。

DSCF7116.JPG F_E_JJ_0509_SANISIDRO_IMG_2990.JPG

© Madrid Visitors & Convention Bureau, SA 2012

《お祭りと闘牛》
 
また、スペインのお祭りには闘牛がつきものです が、特に、この時期のマドリードでは、このサンイシド ロ祭りにあわせて、毎日のように闘牛が開催され、花形闘牛士たちが連日自慢の技を見せ合います。
 
この最大級の闘牛の祭典に参加することは、闘牛士 たちにとって大きな意味があるといわれています。
というのも、目の肥えたマドリードの闘牛愛好家た ちを前に、正々堂々と技の限りと勇気を見せて観衆の喝采を浴び、肩にかつがれてラス・ベンタス闘 牛場を退場することをは、非常に難しいことである反面、闘牛士の誰もが夢見る成功の形なのです。
 
一方で、万一にもこの晴れやかな舞台で失敗してし まえば、辛口のマドリードの観衆の容赦ない罵声をあびることなります。
そういう意味で、人気闘牛士にとっても、年間で最 もプレッシャーのかかる大舞台のひとつが、このマドリードのサンイシドロの闘牛なのです。
 
「生きるか、死ぬか」「栄光か屈辱か」。
それはまさに、闘牛の美学そのものといえるかもし れません。
 
 
《闘牛は芸術か?残酷な見世物か?》
 
スペインといえば、まずフラメンコと闘牛、という イメージを持つ日本の方も多いのではないでしょうか?
しかし、美しい衣装を身にまとった闘牛士が雄牛を 相手に華麗に戯れる見世物というイメージだけを持って、実際に闘牛観戦に行って、ショックを 受ける外国人観光客も多いようです。
確かに、人間の娯楽のために目の前で牛が、血まみ れになって死んでいく姿は、予想以上に生々しく強烈な光景です。
 
スペイン国内でも、闘牛に反対する動物保護団体な どの抗議行動などがおこなわれるたび、闘牛が伝統的な芸術であるのか、あるいは野蛮で残酷な動物虐待なのか、盛んに議論されます。
 
少し前に日本でもニュースになったと思いますが、 今年の1月からバルセロナなどがあるカタルーニャ州では、闘牛が禁止されました。
禁 止されたのがカタルーニャであったことは、政治的な意図もあったとは思うのですが(カタルーニャ州はスペインからの独立を願う人も多く、 日頃から「我々はスペイン人ではなく、カタルーニャ人」と主張しています。)、それはさておき、私個人も、闘牛の是非に対しては何かし らの明確な結論はいまだに到達できていません。
Las ventas 03.jpg
© Plaza de Toros de Las Ventas.
50 12.jpgただひとつ言えることは、闘牛は長い歴史の間に受 け継がれ、それを目にした人々に、何がしかの感情を呼びおこしてきたものである、ということで す。

スペインの闘牛は、ゴヤやピカソなどの画家たち や、ヘミングウェイやロルカのような作家たちの心を揺さぶり、絵画、小説、詩、映画などの創作意欲をかきたて、多くの作品を生み出すこと に一役買ってきました。
 
血にまみれた壮絶な死と戯れる闘牛士の姿、時に愚 かともいえるほどの闘牛士たちの無謀な勇気、それに熱狂する観客の姿に、日頃は私たちが目をそむけている何かを、目の前に引きずり出しま す。
 
たとえば、ポルトガルやフランスなどの闘牛では牛 を殺さないといわれていますが、それは観客の目の前で殺さないだけで、闘牛の終了後にはやはり牛 を殺します。
また、闘牛ではなくても、人は食べるために牛やそ の他の動物の命を日々奪っています。
場外で人目を避けてひそっりと殺すことや、スー パーマーケットにパックにつめられて綺麗に並べられたものを食べることは、スペインの闘牛よりも残酷ではないのでしょうか?
闘牛でも食用でも、人間に殺されるために育てられて死んでいくことに変わりなく(ちなみに闘牛の牛は、闘牛の後に食用に解体されます。) 、どちらなら許される範囲か、ということは私にはなかなか判断がつきません。
「殺すのはかわいそうだ」と思っても、やっぱり牛肉もだって食べてしまいますし、実際に殺すところを見なかったとしてもやっぱり日々ほか の生物の命をいただいて生きていることには変わりありませんし、それは変えられません。
 
そういう意味では、闘牛というのは、生きるという こと、殺すということ、普段の生活ではきれいに隠されているそれらのことを、明るい陽の元の引きずり出してきます。
そして、そういう生々しい部分が、天才たちの創作 活動にたインスピレーションを与えてきた部分の一部であるのかもしれません。
ともかく、こういったようにスペインの文化と精 神、芸術に深く根付いた闘牛は、急速に全面廃止になるということは考えにくく、スペイン国内でも闘牛 に対する議論はこれからも続いていくでしょう。
 
 
皆さんも多少の覚悟の上で、ぜひスペインの闘牛を一度見に来てください。
いろいろと固い話は抜きにしても、やっぱり闘牛士の伊達男っぷりはなんといっても素敵ですよ!

中村 美和さん

nakamuramiwa.jpg

日本の電機メーカー勤務後、2007年に渡西。
日本・スペイン間のいくつかのウェブ開発、プロモーションプロジェクトでの経験を経て、
マドリードでウェブシステム開発と電子書籍製作販売の会社CROSSMEDIA WORKS, S.L.を起業。
twitter: @spain_go, @seleccionES2010, @todo_madrid etc.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です