はじめまして & ポルトガルのとある港町で しあわせ探しの旅

Hello, everyone! This is Emi Hagino, media coordinator & researcher based in Tokyo.

日経ウーマン読者の皆さま、はじめまして。そしてこんにちは!
私は、東京で海外コーディネーター&リサーチャーとして活動しています、萩野絵美(はぎのえみ)です。この度は光栄にも、日経ウーマンさんでブログを書かせていただくことになりました。宜しくお願い致します!

このブログのテーマと主役は、世界中に散らばる、働く日本人女性 「ハンサムウーマン」たち。。。
私・萩野絵美が、旅のナビゲーター・水先案内人となりまして、世界で活躍する「ハンサムウーマン」たち一人一人を訪ね、彼女たちのリアルで等身大のメッセージやライフスタイルをご紹介してゆきます。ユーラシア大陸を出発、ヨーロッパ北米大陸南米大陸オセアニアアジアアフリカ(のルートを予定)と、海外で頑張るジャパニーズハンサムウーマンの、笑顔の世界一周・たすきリレーを展開!世界中のジャパニーズ「ハンサムウーマン」ならではの目線と感性で綴られたダイアリー、つぶやき、私的な事柄の記録の数々。正にココを見るだけで、世界は一つ&世界の今であることや世界中で頑張っている日本人女性の頼もしい存在を、感じとることができる!(と、そう強く願います。)

さてさて 前置きが長くなりましたが、記念すべき 世界一周旅行の出発地は、ユーラシア大陸最西端の国ポルトガルの、港町アヴェイロ。

ポルトガルというと、皆さん、先ずどんなイメージが浮かびますか?

私にとって、ポルトガル人は、明るいラテン系という単純且つやや乱暴?な表現は、当てはまらない気が前からしていました。センチメンタル&メランコリックな国民性といいますか。
「お隣のスペインとも違って、いつも何か嘆きがある」
「かつての大航海時代の主役で、7つの海を支配した、栄えた時期の思い出を国民は引きずっている」とか、
「女性が好むのは茶色、髪の毛の色が茶色なので茶色をきても映えないのに、ポルトガル茶色っていうくらい茶色が好き」
というのは、ポルトガル在住で、私の日本人の知人たちによります、ポルトガル人分析。
昨今、ポルトガルが紙面に登場するのは、やはり経済問題が多いでしょうか。“new sick man of urope”「ヨーロッパの新しい病人」(2007年エコノミスト誌)と言われ、
財務的に弱いとされるPIIGSのメンバーにも仲間入りしてしまいました・・・

私は、このポルトガルの地で、占星術家、ライター、通訳&翻訳者、取材コーディネーター、そしてファド歌手として!マルチに大・活躍する菅知子さんを訪ねました。
「原発をもたないポルトガルがこの時期に経済破綻したことは、寓話的だ。この国の庶民は本当にお金がなく、生活は大変だ。けれども人々は大らかで優しく、互いに助け合い、抱きしめ合い、笑顔で暮らしている。こんな経済でも世知辛さはかけらも漂っていない。豊かな暮らしとはいったい、何であろうか。」
といった彼女のTweetが、私の取材心を揺れ動かしたのは、言うまでもなく。それでは菅知子さんの、更なる心の呟きに耳を傾けてみましょう。

「海外で活躍する女性、と聞くと、行動力とバイタリティあふれる大胆でアグレッシブな人物像をイメージする人が少なくないようだ。私自身も、落ち着きのない経歴や多彩な肩書きからしてさぞアクティブな女に違いないとよく誤解されるのだが、実際は、非常に不活発で怠惰な性質である。私がポルトガルに住み着いてしまったのは、国際舞台でグローバルに活躍するため、でもなんでもなく、思う存分ぼんやり過ごせ、ダメダメな自分でも許してくれるこの国のユルい風土にすっかりくつろいでしまい、そのうちお尻に根っこが生えて、帰れなくなってしまった、というのが本当のところだ。

前世紀末、三十を過ぎて結婚のケの字もなかった私は、職場と小さなアパートとの往復に明け暮れる東京での生活に空虚な疲労を感じていた。生きてゆくための仕事のはずが、時間に追われ、競争に巻き込まれ、そのストレスを解消すべく消費し、消費に必要なお金を稼ぐためにいっそう働く。一瞬でも立ち止まれば取り残されそうな速い流れにのみ込まれ、いつも急かされているようないわれのない焦燥感と不安感があった。駆け足で月日が飛び去り、年をとってゆく。このまま老後を迎えるのはいやだ、自分のペースで自分らしい人生を生きたい。そう思い始めたとき、数年前旅で訪れたポルトガルの話から、「ポルトガル料理屋でもやれば?」というある友人の気まぐれな発言を真に受けてしまう。

まもなく、私はその妄想に近い夢を実現すべく、ポルトガルへ渡った。しかし、私がこの国で学んだのは、料理やファドだけではなかった。経済大国と呼ばれた日本では多くの人々が疲弊した悲壮な表情で暮らしていたのに対し、なぜ欧州最貧と言われるこの国の人たちはこんなに幸せそうな顔をしているのか。ポルトガルの、驚くほど親切で温もりに満ちた人々の暮らしぶり。ゆったりと流れる豊かな時間。すべてを受け入れ、許し、包み込んでしまう大らかで緩い空気。それらを肌で感じるうち、強張っていた心がほどけて行った。頑張らないと負ける、きちんとしないとダメになる、人と違うと孤立する。これまでずっと自分を縛っていた窮屈な観念や思い込みの数々が、あっけなく崩れ去っていったのだった。

ポルトガル人の受身で従順で忍耐強く、センチメンタルで平和主義な国民性は、実は日本人とよく似ている。経済を優先してこなかったポルトガルは、日本が経済発展と引き換えに捨て去った目に見えない豊かさを、今も大切にもち続けているように見える。日本人旅行者の多くが、「初めて来たのに懐かしい」とこの国を形容するのは、そういうわけかもしれない。
経済破綻したポルトガルの報道を見て、ああはなりたくない、と思うだろうか。けれどこの国に来てみてほしい。経済はとても大事だが、人として生きる豊かさには様々な形が、そして形さえなき価値がたくさんあるのだということを、あなたも肌で感じることができるだろう。

ちなみに、現在私が様々な仕事に携わっているのは、結婚後に夫の仕事がうまく行かなくなり、自分が頑張るしかない状況に陥ったことがきっかけ。当時住んでいた田舎町では日本人の雇用先などなく、ポルトガルの僻地にいながら自分ができること、お金になりそうなことを、思いつく限り何でもやった。向いていないことにまで手を出して苦労したり、労多くして実入りがほとんどなかったものもある。今はこれでも少し整理して、ようやく本当に好きな仕事だけに携わっている。占いの仕事は、幼少期からどんなときも不思議に切れることなく私を導き、命を支え続けてくれた宿命的天職。それ以外の仕事は、ポルトガルと日本、愛するふたつの国の架け橋として、私が担えるささやかな使命だと思っている。」


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 Q:智子さんの一日を教えて下さい!

 


<月〜金曜日>

 

7時起床

7時30分 家を出る。車でフェリー乗り場へ

7時55分発 フェリー 本日の買い物、ランチメニューを考え、その後読書 

8時15分 リスボン着 市場で 買い物。市電かバスで店へ向かう。

8時40分 カステラ ド パウロ菓子店着 着替える。

              立ち食い朝食(三ルクコーヒーと菓子パン 又はハムかチーズのサンド) 

             本日のランチのこと、仕事の予定を作業をしながらスタッフと話す。

              パウロとも仕事の予定を話す

             (パウロは朝4時起床、家の傍の工房で朝の菓子パンの下ごしらえを済ませ、

             5時には工房を出て、5時半には店に来て仕事をしている。)

             ランチの準備をしながら、時間のかかるジャムやあんこを煮る作業も同時に行う。

12時    ランチの準備終了

14時    ランチの合間をみて、座って昼食(長くて10分)

15時  ランチ終了 片付け レジのお金の確認。

            朝からランチ終了まで、必ず毎日一回来るお客様とコーヒーを飲む。電話にも出る。

            呼び出されればお客様にも挨拶し、接客も行う。

16時  菓子作り

18時〜19時 着替えて店を出る。フェリーに乗り、港から車で帰宅。

             時には店に必要なものをスーパーで買出し。

19時45分 自宅のすぐそばの工房で翌日に店へもっていくものの準備。

20時  帰宅 必ずパウロと二人で夕食。テレビのニュースを観ながら。

     ランチで残った物をアレンジするのが多い。メールのチェック。洗濯物取り入れ。後片付け

21時半 シャワー。 

22時  工房でカステラのカット、包装。(一人で考え事をしながらの作業時間)

23時半〜24時 帰宅 読書 就寝

 

<土&日曜日>

 

店は開けるが、12時オープンなので、パウロと一緒に車でリスボンの店へいく。

土曜日の夜または外食多し。

日曜日の午前中は問屋で砂糖や小麦粉など、工房で使う材料や店で売る飲み物など購入。
昼食後(家で食べるときは必ずポルトガル料理)義母(老人ホーム)を訪問。

   

 

 Q: ポルトガル菓子&お料理研究家・智子さんにとって、ポルトガルのお菓子のイチバンの魅力とは?日本のお菓子とポルトガルのお菓子の共通点って?

 

優しくあたたかい素朴さ。和菓子との共通点は凝縮されたうまみのある甘味を楽しむ物である、という点だと思います。おすすめは、やはりカステラの原形とかんがえられているPAO DE LO(パォン・デ・ロー)!

 

菓子名PAO DE LO COM CREME 生焼けパォン・デ・ロー  直径11cm高さ7cmの型2個分

 

材料 全卵 1個、卵黄3個、グラニュー糖50g、薄力粉25g、シナモンパウダー少量 

 

作り方

①オーブンを180度に温めておく。素焼きの陶器の型(ココット型でもよいしお茶碗でもよい。)カップケーキを作る要領で型より2cmくらい高くなるよう紙をしいておく。紙の質はわら半紙でもよいし硫酸紙でもよい。


②ボールに全卵、卵黄、砂糖を入れ白っぽくなるまで十分にあわ立てる。そこへ薄力粉とシナモンパウダーをふるって、しっかりと混ぜ合わせる。


③紙をしいた型に生地を入れる。型を少し持ち上げトンと落として空気抜きをしておく。


④温めたオーブンで8分くらい焼く。天火によるが表面はきれいな狐色でぷーっと膨らんで、中がまだ生でプルルンとゆれる状態で取り出す。


⑤型ごと覚まして、翌日スプーンですくっていただく。

 間違って火を通しすぎて、完璧焼けになっても美味しい。

 

 


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◆智子ドゥアルテさん ポルトガル菓子&料理研究家

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1543年、日本に最初に入ってきたヨーロッパ人であるポルトガル人が、キリスト教と一緒に、カステラや金平糖といった南蛮菓子を、日本に伝えました。

調べましたら、金平糖とはポルトガル語のCONFEITOが訛ったもの。CONFEOTOとは砂糖菓子の総称で、ポルトガルではつるんとしたドラジュもアーモンドに砂糖をからませたものも、ボンボンのようにお酒が中にはいったものも皆CONFEOTO。日本の金平糖はCONFEITO COM BICOS(コンフェイト コン ビィコシュ 意味 イボ付き砂糖菓子)となるんだそうです。

 

私は、JFN(ジャパンエフエムネットワーク)というラジオ局で、海外コーナー「ワールドフラワーズネットワーク」http://www2.jfn.co.jp/blog/wfn/ を担当しているのですが、昨年は日本ポルトガル修好150周年ということで、ポルトガル菓子研究家の智子ドウァルテさんに、金平糖についてのお話を頂きました。

 

日本人なら誰もが知っている金平糖のルーツ、ポルトガル人は自分たちのお菓子コンフェイト コン ビッコシュ(金平糖)の流れや存在すらも知らないのが普通。昔は(50から60年前)結婚式や洗礼式の後に、教会の前でイボイボの金平糖が配られたそうですが、それがいつからか、イボイボが無い砂糖菓子にとって代わられ、今ではポルトガルの田舎で細々と作られているのみ。日本の皇室の結婚の儀のプレゼントに金平糖が選ばれているのは、素敵ですね。本国で忘れ去られそうな習慣が日本で守られているんですから!日本でも結婚式にライスシャワーじゃなくて金平糖シャワーにすればいいのに。

 

ですって。

 

と、話はそれましたが、今回は、ユーモアたっぷりの智子さんとカステラの繋がりについて、私のやや意地悪な質問を含め、丁寧にお答え頂きました!

 

 

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Q: カステラの里帰り、とは 具体的に何を意味するのですか?そもそも何故カステラ?智子さんにとってカステラの存在とは? 

どうして智子さん御自身ではなく、旦那様にカステラの修業とパティシエとしてのご活動を薦め&託し、御自身はカステラを作る側ではないのでしょう?

 

 

カステラの里帰りとは、特別な才能がない人間でもコツコツと努力を続ければ、なにかを達成できるということ。カステラが美しく完成されたお菓子やから。カステラは、とてつもなく大きな力です。夫にはだれにも負けへん技術を身につけ、学歴がなくとも、コネがなくとも 堂々と菓子職人としてやっていってほしいから。だから彼の聖域に私ははいらない。現実問題として長崎のカステラ(型が大きいのです。)は女では体力が続かない。(でもPAO DE LOは私が焼いております。)

 

 

Q:智子さんのカステラ屋さんのカステラは、どこが他店にはない、差別化できる一番の強みですか?食べる方々に何を一番、味わっていただきたい?また、智子さんのお菓子屋さんのスペシャリティー、自慢の或いはお薦め一品は?

 

 

カステラを焼いている店はヨーロッパにはほかにありません。日本と同じ材料が手に入らないのをいかしてBIOのローズマリーの蜂蜜を使用。歴史と文化を味わってほしい。

全て手作りで安心してお召し上がりいただけます。

昨年ポルトガル北部の女性から教えていただいたBROA DE PAO DE LO-という陶器の方で蓋をしてしっかりと焼きこむパオン デ ロー。ポルトガルにはさまざまな種類のPAO DE LO-があるのですが、クリスマスやイースターという家族が集まるときに必ず作られたパオン デ ローには母親の愛情がありました。

 

 

Q:カステラを、ポルトガルでSUSHIと同じくらいに有名に、という願いの元、展開してきた智子さんのお店及びカステラ里帰りプロジェクトですが、実現に至るまで、現在どの程度まで、進んでおりますか?最後に、智子さんのこれからのビジョンや夢をお聞かせ下さい!

 

 

10段階で3くらいでしょうか?

ここポルトガルで カステラを焼く若者を育てたいですねー。ポルトガルのお菓子のよさを伝えたいですねー。また私は時間ができたらポルトガルでお菓子を作っている女性を訪ねて歩きたいです。

商業ベースではなく 文化の伝承ということで、長崎の女性たちにいろんなpao de lo 家庭で作ってもらいたい(長崎ママカステラプロジェクトを考え中)そして長崎から日本全体に広がればいいんですけど、、、、。

 

 

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ここまでスイーツ話を書いておいて、なのですが、実は甘党よりもお酒党の私、一つ一つのお菓子がどんなお酒(ポートワイン?はたまた微発泡白ワイン ヴィーニョベルデ?)に合うのか、なんて思い巡らし、智子さんのお話を聞いているうちに、あっという間に時が過ぎてゆきました。

 

文化交流や一生一大の夢を託すアイテムとしてのお菓子、そのポテンシャルに、気づかされました。

これからはお菓子にかぶりつくのではなく、一口一口、食べてみようっと・・・!

 

ポルトガルに住むハンサムウーマンたち、思えば「ともこ」繋がり、星座もご一緒(おうし座)、お互い顔見知り、ということをつい先ほど、知りましたが、偶然の中に必然性を感じながら、

私は希望、サウダージの想いを胸に秘め、ポルトガルを後にすることに。

良くも悪くも!これまた思い出たっぷりのスペインへと、旅発ったので、あります。

 

 


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そんなどうしようもない私の傍で、、、パシャパシャと、一眼レフカメラで撮影する、ハンサムウーマンがいらっしゃいます。

マドリッドでシステムエンジニアとして働く中村美和さん。

 

人口は約325万人で、EUの中ではロンドンとベルリンに次いで大都市のマドリッドで、思いの外、英語が通じず、いきり立つ私に、「絵美さん、スペイン語は世界中で話されていますからね。スペイン人は逆に英語が出来れば話したがりますよ。」と宥めてくれました。

そうか、世界的にみれば英語よりスペイン語の話者のほうが多いのね。

16世紀、ヨーロッパのほとんどから新大陸まで支配した、未曾有の大帝国スペイン王国の名残?さすが!

 

アユカール先生も、スペインの人々も、(よく私はスペインや南イタリア系のハーフと間違えられるのですが) 

私がスペイン語が出来ると思って話しかけてくるのではなくて、ひょっとしたら、彼らの殆どはスペイン語しかできないのでしょうか?!大統領も英語がお出来にならないというのですから・・・。

 

 

 


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スペインでは苦いどころか酷い思い出ばかりなのに、

私はどうしてスペインが嫌いになれないのか。

それは、中村美和さんを含め、スペインに住む人々が最高に魅力的だから、というのは紛れもない事実なのです

 

次回は、一眼レフとワイングラスがとっても似合う女性、美和さんが今、3.11・震災チャリティー活動の一環として取り組まれている写真展について、

ご紹介します!

 

マドリードから届いた、祈りの言葉。

 

 


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3.11絆のメッセージ

 

3111446分、かつてない大震災が東日本を襲った。それまで当たり前だった何もかもが変わってしまったあの瞬間から、いま被災地の人々はどんな思を抱え、復興を目指しているのか。現地取材による被災地の人々の「心の声」の記録に加え、被災地を励ますために届けられた世界中から届けられた祈りや励ましのメッセージやネットの「つぶやき」の数々を紹介。すべての人々が「これから」を共に一丸となって立ち上がるための、エールブック。

 

 

1 被災地からの手紙(津波は人と人のつながりまでは流せなかった宮城県南三陸町 海を見るのも辛かった宮城県石巻市 ほか)

2 勇気をくれた「つぶやき」たち(安心する声 非常時でもお会計 ほか)

3 世界から届いた祈り(日本政府機関や民間団体による『復興』への取り組み アメリカ同盟国の救援活動と祈り ほか)

4 エールを力に変えて(『ファイト新聞』ただいま発行中!―宮城県気仙沼市 避難所からネット放送するニコ厨“―宮城県気仙沼市 ほか)

 

単行本: 200ページ

出版社: 東京書店; 初版 (2011/5/23)

・価格:1,050 円(税込)

 

 

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